洗濯が死ぬほどメンドクサイ
洗濯が面倒くさい。
致命的にメンドクサイ。
前世があるならば、きっと洗濯だけで一生を終えたんだろうと思えるくらい、苦手。
面倒くさすぎて、学生時代は靴下や下着や服は、その辺の床などに脱ぎ捨てて、また着るときは拾う、そんなおぞましい生活を送ってきた。
それが、家事担当になってから、少し変わった。
色々と思案した結果、あれだけ嫌だった洗濯がさほど苦ではなくなってきた。
全自動で洗いから乾燥、畳んで、収納までしてくれる夢のようなマシンを持っている人以外には、そこそこ参考になると思う。
洗濯がメンドクサイ理由
原因がわかれば、それを細分化し対症療法を施すことで問題は解決される場合がある。洗濯の場合はこう。
一口に「洗濯」と言ってしまうこの家事項目には、恐ろしいほどの工程が含まれている。まずは洗濯を細分化してみる。
・脱衣(ちゃんと決まった場所に)
・洗浄(すすぎと脱水は、人情でここに含める)
・乾燥(やっぱり天日干しがいい)
・たたむ
・収納する
洗濯ひとつの作業に、実に5つの流れが含まれている。なんて恐ろしい作業なんだろう。
ミッションコンプリートまでの障壁、多すぎ。
これだけ多いと、どこかひとつでもほころびが出れば、途端に全体の調和が崩れてしまう。
脱衣カゴにきちと脱ぐのを怠れば、すぐに洗えないし
洗剤などの材料が切れても、洗えない。洗剤、漂白剤、柔軟剤と色々あるし……
なんとか洗えても、今度は干す作業が待っている。
お天道様次第では、せっかく洗っても干せなかったり、 干せた完璧!と思っても雨なんか降ったりして「はい、やり直し」と油断ならない。
それで無事干し終わっても、まだ終わらない。さらに畳まないといけない。そして畳んだら最後、しまわないといけない……
それでも、二曹式だった頃や、そもそも桶や川で洗ってた桃太郎の時代に比べると「楽」になったのは、なぜか?この工程が簡略化されたからに他ない。やっぱりカギは簡略化。
洗濯における、選択と集中。
洗濯がメンドクサイ、と思える原因には、その行動工程がやたら多すぎるということがわかった。これでは頭が疲れる。洗濯ができなくなるのも当然。
物事に取り組むには集中できるスペースが必要。洗濯に集中できるのは、ランドリールーム。それを作ってしまおうという解決法。 脱衣、洗濯、乾燥、収納、これらをひとまとめにしてしまう専用の部屋を作ってしまう。 洗濯の集中。
お風呂の脱衣室の横あたりにもう一部屋、ランドリールーム。
2019年現在、新築の家のチラシを眺めても、まだランドリールームという概念は、そう多くはない。
……。
そんなんできてたら、初めからそうしてますよね。
ウチも狭いので、それ専用の部屋なんて持てません。なので「集中できる空間」くらいなら、ルームとはいかないまでも、コーナーにしてある程度導線を簡略化させる。
ちなみに干すときにさまざまな形状のものがあるのもめんどくさい一因。だからなるべく規格を統一する。
タオルは、めんどくさいのですべてハンドタオルで色も大きさも種類も揃える。バスタオルだったりハンドタオルだったり、大小バラバラだとそれだけで気分が萎える。タオルの色は統一しておきたい。
物干し用の道具も重要。もちろん、ピンなんかも。バラバラだとそれだけでめんどくさいから、統一する。 できればステンレスがいい。
理由はステンレスはピカピカでかっこよくて気分が上がるから。単純に小学生的な好み。でも、少なくとも自分はこれで、めんどくさくても少しの決意で洗濯をすることができました。
工程短縮、作業集中、意識変換……。
皆さんの洗濯事情はどうですか?
それすらも面倒くさいという方は、もうこれしかないでしょう。
しかしなぁ……もうすぐ2020年です。 洗濯に限らず、早く「昔は傘をさしてたの?」と聞かれるような、ぼくらが思い描いた21世紀が一刻も早く実現することを願う。切に。