いつでもどこでもサウナ。あるいは入浴というリラックス方法を持つアドバンテージ。

小学生のころ、別府の温泉に週一で通っていて(親に連れて行ってもらって)、それからずっと温泉や銭湯が好き。

人は環境で作られるという。

お風呂もまた人を作る重要な要素。

水資源が豊富で、温泉大国である日本の場合、少なくとも近代以降、そして現代において、独立した風呂場湯船のある空間が当たり前の住宅事情は、1日の終わりと始まり「入浴」という行為でリセットが明確になっていて、それがある種の日本人の“几帳面さ”の醸成に密接に関わっていると思っている。

なぜか自分は几帳面ではない。

鎌倉・室町時代には、寺院や富のある側から風呂が庶民にふるまわれる「功徳風呂」「風呂講」もあった。

ところで、大学生になるととたんに生活が乱れる、崩れる、だらしなくなるのは(ならなかった人は大丈夫です)、この風呂が大いに関係している。これはもう断言レベル。

学生マンションに見られるとても快適とは言えない3点ユニットバスだったり、「はよ風呂は入りやー」というオカンの不在により、入浴がおろそかにされてしまう。

清く正しい学生生活を堕落に導くものはいろいろありますが、有意義な学生生活を送りたいなら、自分は「風呂を大切にしろ」と言いたい。

だから、大学で一人暮らしする人、親は、まず物件の「風呂」がちゃんとしてるかどうか、これは超重要最優先事項。

今すでに三点ユニットバスという責め苦を味わっているのなら、今すぐ銭湯に行って体を思いっきり広げて入浴すべし。

心身ともに解放されます。

自分が学生時代に二回も同じ学年を経験したのも、自己管理能力の低さを棚に上げて、快適なお風呂がなかったせいだということにしている。

ただ、忌むべき存在だった3点ユニットバスも、「狭いところでもなんとかして入浴もできるように」という日本人の工夫の結果だったのかも。今思えば。

お風呂が好きなので、海外に行くとそのお風呂事情に目がいく。

アジア、アメリカ、中央アジア、ヨーロッパといくつかの国々のお風呂。それぞれシャワールームしかなかったり、トイレの付属品みたいなところの方が多かった。

日本の一般的な住宅よりも広くて豪華なところでも。

住宅を見ると、その国の事情や考え方が垣間みれるので面白い。玄関とか、台所とか、トイレとか。

民族性と言えば大げさかもしれない。

少なくとも「入浴」というリラックス方法、リセット方法を一つ持っているアドバンテージは大きい。

そういう意味でも日本の「お風呂」は、Only in Japanなもののひとつだと思う。

いや、サウナのことを書きたかったのでした。

サウナは、湯船につかるものとは別の効果がある。「ととのう」などと言われる、サウナ空間から出て外気に触れた瞬間に感じる、ぱぁーっと、さっぱりしたあの感じ。

風呂事情に恵まれた日本でも、サウナは家で入るものではなく通うもの。

でも実は、サウナはいつでも、どこでもできる。

洗面器とタオルで。

本題です。

いつでもどこでもサウナ(顔面ミストサウナ)の方法

用意するもの

  • 洗面器
  • 大きめのタオル
  • 緑茶パック

洗面器に緑茶パックを一つ入れて、熱湯を注ぎます。そこにタオルを被せて頭をすっぽりと入れます。

顔面ミストサウナの完成です。

蒸気と、出てくる汗で顔面水滴だらけになります。血行が良くなって、固まった眼球もほぐされます。

疲れている時、花粉症などで目がかゆい時、体が冷えてだるい時、効きますよ。

※風呂場に傘やテントみたいなものを被せる方法もありますが、後処理が面倒くさいです。ズボラマンには。

こういうのもいいですよね