倉園佳三さん(音楽家、編集者)「今に生きる」インタビュー

ミュージシャン、編集者の倉園佳三さん。「インターネットマガジン」編集長時代より、独自の視点でクラウドサービスやガジェットの活用法を提案されてきました。また働き方、生き方についての持論、「今に生きる」ことの大切さを説き続けています。人間の幸せ、本の話が満載の倉園さんとの「ほんとのはなし」お届けします。

こんな話をしています……

宮沢賢治の『虔十公園林』が、幸せに対する問いに応えてくれた

「いつかあげる」と言われているプレゼントのために頑張っていても、死ぬまでそのプレゼントは手に入らないかもしれない
・時間は絶対的ではなく、僕らの頭が作り出したもの

人は「今に生きる」ことで幸せになれる

倉園佳三(くらぞの・けいぞう)氏プロフィール  ※インタビュー当時

音楽家、インターネットマガジンの編集者を経て、ITコンサルタントに。現在はiPhone・iPad、ガジェットやクラウドがテーマのブログ「zonostyle」を主宰するほか、質の時代に求められる「いまを手段にしない新しい働き方」を伝えるために、全国でワークショップやセミナーを実施、音楽活動も再開する。著書に大橋禅太郎との共著『すごいやり方』(扶桑社)、『iPhone×iPadクリエイティブ仕事術』『できるポケット Amazon Kindleクリエイティブ読書術』(インプレスジャパン)など。1962年福岡生まれ。

「幸せってなんだろう」
幼少期の問いに応えてくれた『虔十公園林』

倉園佳三氏: 僕は福岡の黒崎というところで生まれまして、母親は飲食店をやっていました。お客さんは、近くにあった八幡製鉄所の人が多かったようですが、その会社が新日鉄に買収されて千葉の君津に何万人と大移動したんです。それまで郡だった君津という場所は、そのために市になり、小学校が1校だったのが5校になっちゃって。だからクラスメートが40人いたら38人が九州人で八幡の人間なんですよ(笑)。僕は6歳で君津に引っ越したんですけれど、高校までクラスの中で九州弁を使っていました。君津はリトル九州、リトル八幡でしたね。

家はそんなに裕福ではなかったです。だけど、本だけはものすごく芳醇に与えられていました。本棚に何十巻とある『なぜなぜ絵文庫』を読むのが大好きで、今でも覚えているのは、「なぜ太陽に手をかざすと赤く透けるんだ」とか「鯨はあんな大きいのになぜ浮くんだ?」とか、そういう読み物をよく読んでいました。小さいころから「本当のことが知りたい」という欲求が非常に強かったんです。本は幼稚園に入る前から読んでいたようです。そういう本質を探ることが好きな人はたいてい理数系に行くんでしょうけれど、僕はどちらかといえば人間に興味があって。いつも、「幸せって何だろう」と考えるのが僕の問いだったんです。

小学生になると「わら半紙」で雑誌を作っていました。クラスのニュースや事件を書いて、挿絵を入れて、束ねて毎週クラスの皆に回し読みしてもらっていたんです。オイルショックのときに省エネを題材にした作文が募集されていて、全然やってもいない省エネの話を作文に書いて賞をとったりと、作文を書くのも好きだったようです(笑)。ませた子どもで、大人が何をすれば喜ぶか、先生の考えてることも、手にとる様にわかっていたんです。大人の本音と建前、世の中の裏表や人間関係の機微を感じ取る感覚は、6歳の頃と今もあまり変わっていないように思います。

その後、夏休みの課題に、読書感想文コンクールの作文を書けという宿題があって。いつも夏休みの課題はいっさいやらずにごまかしていたんですが、その作文の先生だけは怖かったので、教科書にあった宮沢賢治の『虔十公園林』という名作を読んで、それで「幸せとは何か」っていうタイトルの読書感想文を書いたんです。

この物語は、虔十という知的障害のあるとされる子どもが家の後ろの野原に杉の苗を植えて、そこが子どもたちの遊び場となり、故郷が変わっても変わらず残っているというお話なのですが、僕はこの話を読んで「幸せとはこれだ」と悟ったんです。

人が幸せになるには、虔十のようにあるべきだ。人は「今に生きる」ことで幸せになれるのだと。 ところが、虔十のように生きるにはどうすればいいかと考えて、今日まで40年間答えがわからなかった。それがなぜかというと、世の中がそういう仕組みになっていないからです。現代というのは人が「今」に生きられないシステムになっている。

現代人は、ある計画を立てて、そこに向かって目的を達成するために日々を送っています。もし、人が虔十の様に生きたいとしたら、今日感じたインスピレーション、朝起きたインスピレーションで何がしたいのかを考える。けれど、今の世の中は、それが許されるかたちには全くなっていない。

つまり日々を手段にして生きる。勉強するのは良い学校に入るため、学校に入るのは良い就職をするため、良い就職をするのは良いお嫁さんを見つけて良い生活をするため、家を買うのは家族のため。毎日のことが、すべて何かへの手段なんですね。「では、あなたはいつ幸せになるんですか?」という問いかけには、「いや、いつかなります」と答える。

――「今」ではなく「いつか」の為になりがちだと。

倉園佳三氏: 皆、「いつかあげる」と言われているプレゼントのために頑張っているだけです。もしかしたら、死ぬまでそのプレゼントは手に入らないかもしれない今を生きないとダメなんです。この瞬間こそがすごく素晴らしいし、この瞬間こそが幸せ。この幸せはこの瞬間で終わりだから、次の幸せをまた次の瞬間に作っていかなくてはいけない。人生はその連続で、それしか実は「幸せ」なんてないんだと、僕は小学6年生のときにわかってしまった。

でも、今に生きないやり方を学校は教えるし、会社にいてもゴールに向けて頑張ることを要求される。だから「今を生きよう」とする虔十のあり方というのは、今の社会と完全に相いれないものです。そこで僕はわからなくなってしまった。真理はわかっているものの、「この世の中でどうすれば虔十のようになり得るのか」というところがわからなかったんです。

最近はようやく、そのような「目的、計画、手段」を重視する社会は、だんだんダメになりつつあるなという予感がします。それはなぜかというと、最近「モノ」が売れなくなっています。でも売れるものは非常に売れる。iPhoneみたいなものはすごくヒットしました。何が売れたかを見ていくと、質が高い商品ということがわかります。とくに、創った人のエネルギーや熱量を感じるものが支持されている。代表的なものがAppleの製品であったりする。

そういうものは、例えば宮崎駿のアニメや、初音ミクにしても、作った人の熱が感じられませんか?AKBとかのアイドルグループも、昔のおニャン子クラブほどいい加減じゃない。曲もちゃんと作っているし、メンバーの女性の質もきれいにBクラスくらいにそろっている。

多分秋元さんのものすごい熱意とエネルギーが込められている。そういうものが売れていて、そうじゃないものが売れないということは、そういうものを創る人たちは何か異質なことをやってるはずなんです。

こういう社会にいながらして、「今」にエネルギーを出し尽くしてる人たちがもう登場している。とすると、この両方をミックスさせたこの真ん中あたりの方法が、あるんじゃないかというのが今の時点での結論なんです。会社にいながら虔十でいられる方法があるんです。

音楽に没頭する日々、32歳で編集者へ方向転換する

倉園佳三氏: 大学は、青山学院大学の英米文学科に入って、その後本格的に音楽活動を始めました。The Bennetsというバンドを組んで、音楽監督だった加藤和彦さんと『ハワイアンドリーム』のサウンドトラックに参加したりしていました。

――音楽活動も、幸せの探求の延長線上だったのでしょうか?

倉園佳三氏: ところが全然そうじゃなかった。「幸せということが何か」ということがわかっていながら、音楽をやるときの僕のモチベーションは、「お金を稼ぎたい」とか「有名になりたい」とかいう、俗っぽいものだったんですね。音楽がいつの間にか手段になっていた。だからうまくいかなかった。

その当時評価もされていたし、ファンもいた。CDも出ていた。そこに手応えはあったんだけど、なぜか最後で必ずダメになった。それは恐らく、僕が音楽を目的にして今に生きていなかったせいです。だから罰が当たったと僕は思っていますね。

音楽活動を始めてから、大学はそもそも8単位しかとっていなくてすぐやめてしまいました。「幸せとは何か」がわかっているのに、学校にいることに何の意味も見い出せなかった。元々ものを創るのが好きで、創ったら人に見てもらいたいんですね。それで、音楽をやっていたんですが、ちょっと不純な動機だったから、だんだんおかしくなっていった。

僕の場合だんだんゴールが見え始めると欲が出てきて音楽が手段化するっていうことの繰り返しをしていて、それで、もういよいよダメになりました。そのとき32歳だった。時代は今とちょっと違って、ソーシャルもYouTubeもない時代でした。テレビオンリーのマスメディアの時代だったので、32歳っていう年齢はミュージシャンとして世に出ていくには、かなり限界があったんですね。

それで「次にやることは何かな」と考えたときに、「そういえば俺、文章を書けるかもしれない」と思って、次は小説家になろうと思った。道具が好きなので、「小説家になるんだったらワープロをまず買わなきゃ」と思って秋葉原へ行ったんです。

そしたら店員さんに「ワープロじゃなくて今はパソコンですよ」って言われて、パソコンを買ったらその中にブラウザーが入っていた。そこで初めてインターネットというものに触れることになったのですが、「これはメディアになる」と確信したんです。それで、「これを普及させる紙媒体に入りたい」と思いました。

そのとき『インターネットマガジン』という雑誌が、かっこいい表紙で書店にあって、「これだ」と思った。入りたいなとずっと思っていたら、ある時求人募集を見かけました。「僕はここに入らないと次の人生はない」と本当に思いました。それで、入社して、インターネットやとくに、メディアに関連するアプリケーションや、技術を応援してやっていったら、2005、6年にようやくそういう世界が実現しました。

僕はもともとインプレスという会社の『インターネットマガジン』という雑誌の編集長をしていまして、インターネットによって僕らの暮らしがより良くなるということを目指して雑誌作りをしていました。iPhone、iPadなどのガジェット系や、クラウドサービスについての話をすることが多いのですが、最近のiPhoneなどのスマートフォンについてのことも、その延長なんです。

突き詰めていくと、ああいうものは9時から5時まで会社で働いて、家に帰ったら一切仕事をしたくないという人には必要がない。フォトグラファーの方も多分そうだと思います。例えば休みの日でも好きなアーティストの写真展があれば行きますよね。

自分自身がそういう状態になっていないと、実はクラウドもガジェットもあまり有効ではない。そうすると、まず何をしなきゃいけないかというと、楽しく仕事をするか、もしくは仕事が楽しいか、どちらかの状態を先に作ってほしいですね。

――楽しく仕事をする、もしくは仕事が楽しい状態ですか。

倉園佳三氏: 以前は「好きな仕事をしよう」とみなさんに勧めていたんですが、最近は考えが変わりました。好きな仕事なんてそんなに簡単に見つかるわけがないし、僕自身も今やっていることが好きかどうかよくわからない部分も実はあるんです。

好きな仕事と一言で言っても、すべてが好きになれるわけじゃない。例えば僕があることをやりたいとします。でもそのためには営業をしなければいけない。営業は僕にとって苦痛だったとする。そういうことがあるので、単に「好きな仕事をすればいい」と人に勧めるのは危険かなと思ったんです。だから逆に、今している仕事を楽しくするにはどうすればいいかを考えようと。

どんな仕事であっても受け入れて楽しい状態を作りたいと僕は思ったんです。今はそういう考えを広める活動をしたいと思っています。どんな仕事にもつらい部分はある。もちろん究極的には、好きな仕事を見つけた方がいい。それを将来見つけるためにも、今の仕事を楽しめなければダメなんです。そういう考えを講演やセミナーを通して伝えていくというのが、今年やりたいことの1つです。

垣根を低くすることで生まれるブレークスルー

――電子書籍を取り巻く環境に関しては、どのように感じていますか?

倉園佳三氏: 世界と、またアメリカと日本では違うんですけれど、日本では始まったばかりだと思っています。やはり電子化されている蔵書の数が少な過ぎる。あらゆるメディアはデジタル化される方向に行っている。1番わかりやすいのが音楽と映画。音楽はレコードからCDへ行って、CDからダウンロードに行った。今どうなってるかといったら、月額固定のSpotifyとか、ソニーのMusic Unlimitedになってます。

映画もそうです。アナログのVHSデータからレーザーディスクになって、DVDになって、それからiTunesで1話ずつレンタルするみたいになって、今Huluの月額固定になっている。だから、そこまで行くと成熟したメディアになっていくし、月額固定になった瞬間に、品揃えが決め手になるので、コンテンツが少ないですよという言い訳ができない。

毎月この金額で聞かせてもらえる音楽が500曲なのか50万曲なのか全然違う。そうすると、世界中のほぼ全曲を網羅している、という必要がある。それを現時点のデジタル化の成熟点とすると、電子書籍はまだ始まったばかりですね。

圧倒的にコンテンツが足りない。貸し本制度みたいなのもデジタルだったらできますよね。5日間だけデバイスの中に置いておけるとか。閉じておけば3日間くらいは休ませてあげるということもできる。図書館のようなサービスもできます。

それから、例えばある作家に限って月額500円払ってくれれば読み放題にしますとか、そういうこともできる。こういうことが音楽ではできている。iTunesの映画のレンタルはその方式です。 だから、成熟点っていうのはまだまだ先にある。

でも、本が唯一音楽や映画と違うのは、手で触れるメディアだということ。ページをめくる、表紙を触る、これはすごく大事なことです。出版社は、紙にこだわります。1冊ごとにどの紙にするかを決めている。それが同じシリーズであっても変えたりもする。

僕が出した「できる」シリーズも、ページ数に合わせて、大きくなればもっと軽い紙を使うなど工夫していた。手触りの世界はなくならないと僕は思ってます。デジタルと共存していく。音楽も映画も触れるものではないんですよね。

僕はほぼ原則電子で読んでいますが、ただし、例えば谷川俊太郎詩集みたいな、「これは、紙の本で持っていたい」というものは紙の本で買います。だからすごく良いものは2冊買うんです。

――これから日本に電子書籍が普及すると、どんなメリットがあるでしょう?

倉園佳三氏: 検索ができるとか、色々なメリットがありますが、僕は最大のメリットとして、初めて読書の世界に入って行く人たちの参入障壁を下げられることだと思っています。本を読んだことがない人が、例えば紀伊國屋書店に行っても、どのフロアに行っていいのか、どれを買っていいのかが、全くわからないと思う。

だから音楽も本も、いっぱい読んだり聞いたりした人たちが圧倒的に有利な世界になっているんです。「素人さんお断り」みたいな世界です。今ソーシャルメディアがあるので、ある程度情報が開示される様になってきていますけれど、会社に行って、「この本は面白いよ」って人に言わない。

本だとアイデンティティーを強要しているみたいで、親しい人にも言いにくい。だから情報が広がらない。 だから良い本がどれかっていうのを非常に知りにくいメディアですが、これがデジタル化されると、例えばAmazonのリコメンドに出てきたりとか、Kindleのお勧めのところにポンと登場したりとか、ハイライトをシェアしたりとかすることによって、良質な本の情報が知らない人に伝わる。自分の趣味に近い人が買ってる本が何かわかる。それが最大の役割かなと僕は思っています。

――参入障壁が低くなることによって、閉ざされた世界が広がるんですね。

倉園佳三氏: 読書する人がより多くなる。今、確実に本は売れなくなっています。音楽も実は同じなんですよ。その2つが抱える大きな問題はそこにあるんですね。発見しにくい。音楽業界も出版業界も良いコンテンツを発見しにくい仕組みを作ってきてしまった。もうちょっと頑張らなければいけなかったんです。どうすれば素人でも良い本に巡り会えるか考える必要があった。

昔はよくあの新潮文庫100冊のキャンペーンとかやっていましたよね。ああいうことをもっともっとやって、読者を育てると言ったら変ですけれど、視聴者を育てるみたいな、リスナーを育てるみたいなことをやらなかったツケが今まわっている。

素人でも確実にリーチできるものばっかり作ってきた。だから結局良いものが発見されずに埋もれていく。それをデジタルになったときにもう1回掘り起こして、年代にかかわらず良いものをどうやって見せていくかっていう工夫が必要ですね。

そういう前提の元で電子書籍時代の編集者は何をすべきかというと、やっぱりこれからの編集者はプロデューサーでなければならないと思います。

――プロデューサーですか。

倉園佳三氏: これからは、1つの作品、1冊の本を、このデジタルというメディアの中で、どう皆に届けていくのかを、プラスして考える必要があります。これは今までは、編集者があんまり考える必要がなかったところで、「日経の新聞のここに広告を打とうか」くらいのことだったと思います。そこを、これからはもっと楽しい色々なことができる様な気がします。

「この本のFacebookページを作ろうか」とか、「書いてる間も何か情報を出しましょうか」とか。それで電子書籍を、どうやって読者に対して出していきましょうかと考える。つまり、総合プロデュースをしていく必要がありますね。それがゴールだとすれば、編集者っていうのは、その本を好きな気持ちをどこまで前面に出していけるかだと思います。

この人と仕事がしたいとか、この作家の本を出したいとか、このテーマで本を書いてもらいたいとかっていう、なんか熱い想いや強い想いがないと、プロデュースできない。作り手の想いとデジタルがリンクしてるのが、とても面白いんだと思います。想いが乗れば広まる時代なので、そこを大事にした正直な作り方、正直な売り方みたいなのをした方がいいと、僕は思います。

「今」を生きることで、エネルギーが湧いてくる

倉園佳三氏: 当然時間の制限とか、自分時間で生きられない世の中で生きてるので、すべてを今に生きるっていうのは不可能です。ところが、実は、今目の前にあることを何でもいいのでやるときに、今にある状態っていうのができるんですよね。

何かをするときに関しては、1回腹をくくって、「俺はここで今にある状態でやるぞ」という様にすれば、色々なことが変わってくる。そうやって創られたものって多分、質が最高品質だと思うんです。常に「今にある」働き方をしていくと、エネルギーももらえるような気がしているんです。

今にあることで、何か見えないエネルギーみたいなものが取り込めるというか。だから自分を信じてそれを使いましょうよ、というのがメッセージですね。

今にあるには、時計を見ないことも重要です。3人もいれば時間は誰かが教えてくれるんですよ、別に意味ないけど、みんな時計を見る。それはやっぱり先のことを考えてるんですよね。それは止めた方がいい。時間って別に絶対的にあるものじゃなくて、僕らの頭が作り出したもんなんだとわかった瞬間に、「じゃあその作り方を変えるっていう方法があるよね」ってことに気付ける。

――「今」にフォーカスし続ける。

倉園佳三氏: まさしく「今」を生きることだと思います。それしかない。まずは今を手段にしない新しい働き方の本を何冊か書いてみたいなと思っています。概念系のものと、それからもうちょっとハウツーに寄ったもの。それから、そういう働き方のほうがうまくいくという自信の元に、広めていく活動を地道にやっていきたいと思います。

それとやはり、リアルが好きなんです。デジタルや本で伝えるよりも、直接話をするかたちが1番好きなので、講演ツアーをしたい。 それから、昔やっていたバンドが昨年再結成したんです。皆20年振りに再会したんですけど、僕以外は幸いなことに音楽を続けてくれています。The Bennetsっていう4人組のバンドなんですけど、今3人まで集まっています。リハーサルを2回やったんですが、当時よりかっこよかったんですよ。今度は音楽を目的にして、最高のものを創ってみて、どうなるか見てみたい。

もし若い人に「音楽をやっているんですけど、どうしたらいいですか」って聞かれたときに、僕は「何も考えずに、音楽を目的にして作ってみたら」っていうアドバイスをすると思います。そうしたらどうなるかを、自分で実験したい。今年中にはロンドン公演くらいまでは行ってみたいと思いますね(笑)