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熊谷昌典さん(バット職人)「もうひとりの野球選手、バット職人誕生秘話」インタビュー

「選手の要望に120%」最高の職人は、最高の聞き手である

熊谷氏:ただ不思議と、あきらめることは考えませんでした。大好きだった野球の世界に携わり続けられることが、なにより嬉しかったんだと思います。そうして失敗を重ねながら、徐々に先輩方に認められるようになって、30歳手前で“バット職人”として、プロ野球選手のバットを請け負うようになりました。

最初は、選手の要望をどう聞き出せばいいか。選手との体当たりのコミュニケーションでした。「あらかじめこの内容を聞いておけば、二度削る必要はなかった」など、聞き方、接し方に対する反省は、仕事をするたびに重なっていき、そのたびに次に活かそうとしてきました。

実は、今でもバットづくりに対する課題意識は持ち続けています。一人ひとり選手の要望は違いますし、同じ選手でも複数の型を持っていて、相手投手によってバットを使い分ける方もいますし、疲れたら軽いもの、など要望はさまざまです。弊社には球団ごとに専門の担当者がいますので、彼らと協力してコミュニケーションを密にとっています。

靴の職人さんで、その選手の足の故障をすぐに見極めて、その故障を直してしまう人がいます。選手一人ひとりのバッティングを見て、課題を解決する道具をつくることができる。それが目指すべき道なのかはわかりませんが、少なくとも、選手とのそうした信頼関係が築ける職人でありたいですね。

――最高の作り手は、最高の聞き手でもある。

熊谷氏:バットづくりは、選手との打ち合わせの段階から始まっています。いかに要望を伺うことができるか。また、ただ要望を受けるだけでなく、選手が求めているイメージをしっかりと受け取ったうえで、それに沿ったベストなバットをお渡しできるか。要望に100%ではなく120%で応えたいと思っています。

シーズン中に仕様変更を頼まれた場合は、直接お会いできないことも多く、その中でいかに要望に沿ったものにするかが、苦心するところです。場合によっては、直接球場に伺うときもあります。




「いいバットは結果が出るバット」

――結果がすべての選手に、プロの技術で応える。

熊谷氏:打ち方や技術、それぞれギリギリの心の内まで入り込んで、選手と一緒につくっていく。結果がすべてという厳しい勝負の世界にいる選手のために、その能力を最大限に発揮できる道具をつくるのがバット職人。

また、当たり前ですが、自分のバットをつくっているわけではなく、あくまでバットを使うのは選手ですから、選手のこだわりが最優先です。色、長さ、重量など、リクエストに120%で応える。それは私も含めて、各工程に携わる職人皆同じ想いです。

そして結果がすべて。どんなに「いいバット」をつくれたとしても、それが結果に結びつかなければ意味がない。「いいバットは結果が出るバット」。そこを忘れてはいけません。結果がでない時はこちらも苦しいものです。選手が活躍する瞬間、そして結果、好成績につながった時が最上の喜びです。

――バット職人としての技術の成長が、喜びに繋がる。

熊谷氏:新しい技術とともに、私自身もまだまだ成長しないといけません。一方で、私も後進の育成に取り組む立場となり、そのことに責任を感じています。

「私にとってバットは……」、と語れるほどの余裕はまだなく、いまだに試行錯誤の毎日ですが、今言えるのは、私が野球と接点を持っていられるかけがえのない仕事だということです。

選手としてフィールドで活躍する代わりに、選手がバットを持って打席に立ってくれている。それが、皆の喜びにも繋がっていく。そんなことを想像しながら、ますます選手が活躍できるバットづくりを、これからも追求し続けていきたいと思います。

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