クエンティン・タランティーノが描く、暴力と会話と食の交差点。『パルプ・フィクション』(1994)は、複数の物語が交錯するスタイリッシュなクライムムービー。
劇中に登場する何気ないチーズバーガー談義は、命を奪う寸前に交わされる、奇妙に冷静な“最後の食卓”へと、つながっていきます。
物語の冒頭、殺し屋ジュールスと相棒のヴィンセントはターゲットの部屋に乗り込みます。
部屋の若者たちはソファでくつろいでおり、テーブルの上には、架空のハワイ風バーガーチェーン、「ビッグ・カフナ・バーガー」が。
ジュールスが語り出す。静かな緊張の中、惨劇が始まります。
「これは、ハワイ風のバーガーチェーンのやつか?」
ジュールスはそう言って、テーブルの上のチーズバーガーを鷲づかみします。持ち主に一言断りますが、それは形式上のことで、目の前のターゲットに選択肢はありません。
ターゲットの目の前で、視線を向けたままガブリとひと口。
“Ummmh, This is a tasty burger! “
パートナーがベジタリアンで、めったに肉は食えないとか、これから人を殺めようとする人間が語る日常。
次にスプライトの入ったカップを取り上げる。ストローを差して飲む。こちらも、おそらく飲みかけ。
銃を片手に、ハンバーガーを食べ、談笑するジュールス。
目の前では、ターゲットの若者が凍りついたまま。料理はごく普通のチーズバーガーなのに、食べる行為そのものが、まるで拷問の前戯のように不穏さを放っています。
ジュールスの会話術はまるで牧師のようでありながら、その本質は制圧です。バーガーを頬張る姿は、リラックスという仮面を被った支配行為。
日常的で親しみのあるこの食べ物が、銃声の直前に登場することで、彼らにとって暴力がどれほど日常に根ざしているかを際立たせています。
さらに、「食べ物を共有する=友好的な行為」という私たちの文化的通念を、タランティーノは逆手にとります。
食べるふりをして、相手の恐怖を増幅する。口元を拭き、カップを置いたジュールスの次のセリフは「聖書の一節–エゼキエル」(ちなみにこれも架空)であり、その直後に銃声が響く。
日常だったはずの、チーズバーガー。けれど、ジュールスの手にかかると、それは“死を告げる鐘”、儀式の一部になるのです。おーこわ。
あなたの食卓に、ジュールスがやってきたら。チーズバーガー、一緒に食べたいですか?
“ビッグ・カフナ・バーガー”はタランティーノ世界の中で創られた架空のハンバーガーチェーン(以後の作品でも、しばしば登場)ですが、アメリカやハワイのいくつかのレストランがこの名を冠したバーガーを後年販売しています。
再現レシピは、こんな感じです。
• パティは2枚(牛100%)
• パイナップルスライスをグリル
• チーズ(チェダー)
• ローストオニオン
• バーベキューソース
※ブリオッシュバンズで挟むと雰囲気が近い。
この再現バーガーを頬張りながら、『パルプ・フィクション』を観返すと、いつものハンバーガーが、少し違った味に感じるかも。