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小池田マヤさん(漫画家)「漫画なら伝えられる」インタビュー

大学在学中に、4コマ漫画家の竹中らんこのアシスタントとして働き、芳文社からデビュー。『聖★高校生』『…すぎなレボリューション』『女と猫は呼ばない時にやってくる』などの作品や、Webまんがリイドカフェでは、現在『あさひごはん』を連載中。また、“家政婦さん”シリーズなども人気を博しています。漫画家になるまでの道のり、どんなマンガ作りを目指しているのか、小池田マヤさんの「ほんとのはなし」を伺ってきました。

こんな話をしています……

言葉にすると難しいことでも、漫画だとすんなり心に入ってくる

“自分は何者にもなれない”という絶望感があった

漫画家をはじめ、仕事は全部、受け取り手がいてこそのもの

日々の生活は、なんとなくどうやって過ごすか決まっていて、「どうしようもないこと」もある
・「漫画に救われたという私自身の体験を、何かしらの形で自分の作品にしたい」

小池田マヤ(こいけだ・まや)氏プロフィール
1969年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学版画科卒業。 1991年、大学在学中に芳文社『まんがホーム』にてデビュー。以後、主に4コマ専門誌で活躍。 現在は4コマ誌だけでなく青年誌や女性誌などでも活動中。 代表作に『バーバーハーバー』(全7巻。講談社)、『聖★高校生』(全11巻。少年画報社)、『…すぎなレボリューション』(全8巻。講談社)などがある。 近著に『あさひごはん』(リイド社)、『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』(双葉社)、『誰そ彼の家政婦さん』(祥伝社)など。

『あさひごはん』へと繋がった、ある出会い

――『あさひごはん』を連載されています。

小池田マヤ氏: リイド社さんの、webまんがリイドカフェで連載させてもらっています。それと、年に1回単行本が出せるくらいのペースで、双葉社さんのレディ―スコミック『JOURすてきな主婦たち』で、読み切り連載を続けていて、ここ、スペイン料理「La Cocina del Cuatro」さんをモデルにさせていただいています。

祥伝社『フィール・ヤング』での家政婦さんシリーズで、料理ものジャンルの読者が増え、レシピを載せたりするようになったら、それに対する読者の反応もよかったんです。そこで、とても美味しくて、あまり皆さんが普段目にしないような料理も出されていて、友人なので作り方やポイントも聞きやすい、このお店をフィーチャリングしてみたんです。

それから「料理ものを」という依頼も多くなってきました。リイド社さんもそうでした。 私はwebでは以前、『バーバーハーバーNG』という『バーバーハーバー』の続編を連載していたのですが、そのサイトを作っていたウェブデザイナーさんがとてもマンガに詳しく、より面白くマンガを見せるというやり方で、演出を工夫して下さっていたんです。色を付けたり、“!”が急に大きくなるというようなトラップを入れて下さったり、その演出は本当に素晴らしかったのです。

連載することによって、webではwebの面白い演出ができるということを教えていただきました。その連載がとても楽しかったので、「またWebでも連載がしたい」という話をリイド社さんにしたら、「是非やりましょう」ということになったのです。

――そのWeb連載『あさひごはん』では、朝ご飯をテーマとされていますね。

小池田マヤ氏: 王道のグルメコミックの内容とは違う形で、なおかつ簡単にできるものでやりましょうという依頼でした。『あさひごはん』では、「疲れているけど、いつもと違う朝ごはんを作ってみようかな」とか、「これなら作れるな」という、ちょっとしたきっかけのようなネタを提供しています。

友人にも料理好きがたくさんいるので、作ったり食べたりするのは元々好きなのですが、私は料理については素人で、学んだこともありません。読者の、“こういう料理だったら心が華やぐ”とか、“日常に採り入れたい”と思う気持ちはわかりますが、料理の専門的な部分はやはりプロに聞きます。そしてそれを、ご家庭に持ち込めるような形で噛み砕いて描いています。

でもせっかくwebなので、料理が漫画の中で出てきたら、ワンクリックで料理を作っている動画が配信するところに飛ぶとか、そういう形にしたら、「短いページでも読者さんが喜んでくれるサイトになるんじゃないか」という話も出てきています。



名前より、作品。印象に記憶に残る本を

――料理を漫画の題材として扱うのは。

小池田マヤ氏: 漫画だと絵ですから、集中して読まなくても、パッと見るだけでいいんです。ビジュアルとして記憶に残っていますから、それが、例えば今晩のおかずのヒントとなることもあります。「今日のご飯は何にすればいいだろう」という憂鬱な一瞬が、読むことによって少しでも緩和されれば、それだけで十分だと思うのです。

文字でレシピ帳などを見る人ももちろんいるし、それこそ「料理本は写真だからいいんじゃないか!」と言う人もいるかもしれませんが、そうじゃなくて、作品の中にある“料理”である必要があるんです。 料理とは関係のない漫画の世界に出てきている料理を作るということで、読者が“自分で選んだ”というクリエイトの楽しみが少し入るんです。

また、作り方などが載っていないものを、「見て作った」という部分には、創造性がありますよね。そういう「今日は、なんか頑張った感じ」という小さな満足感や、達成感を感じてもらえればいいな、と思うのです。最近は、そういうことを考えながら描いています。

テーマは重たくなくていいし、長編の大作じゃなくてもいい。でも、「間違いなくこの本は、手にとって大事にしても損はないだろう」というような作品がいいですね。 今は、電子書籍の時代になってきたので、仮に作家の名前を忘れてしまっていたとしても、タイトルさえ覚えていれば探せますよね。「面白くなかった」と思われても、その作品を覚えていてくれれば、いつかまた、手に取ってくれる可能性があります。

昔、『バツイチ30ans』という漫画を描いていたのですが、その当時はまだ今ほど広がっていなかった鬱病についての作品で、バッシングも受けました。でも、その頃の読者から、「当時は全然面白くないと思っていましたが、自分が年をとって、“今、あれが読みたい”と思って読みました」というメールをもらったりもしています。

絶望の中、4コマの積み重ねが「今」を作った

――漫画家になりたいと思われたのは。

小池田マヤ氏: 『花とゆめ』で、25、6年ほど前に連載していた、三原順さんの『はみだしっ子』という名作。私は今でいういじめに遭っていたことがあり、引きこもっていた時期に、「自分は悪くない。上手くやっていけないのはあいつらのせいだ」と思っていたこともありました。そんな時、「あなたはあなたで素晴らしいと思っていて構わない。でも世の中は上手くいかないこともあるから、流していくことも、自分じゃなくて周りに嘘をついていくことも覚えなければいけない」というようなことが描かれていて、それにすごく救われました。

言葉にすると難しいことでも、漫画だと簡単に読めて、すんなり心に入ってきますよね。私はずっと漫画に救われてきたので、たまたま絵が上手かったこともあって、漫画の仕事がしたいな、と。

――作家を目指されて、芸大へ。

小池田マヤ氏: 「芸大に入ったら流れに乗れるだろう」と思っていたのです。でもやってみたら、それほど絵を描くのが好きではなかった、というのが現実でした(笑)。同級生に、作家をやりつつ、料理人をしている友人がいるのですが、彼は常にスケッチブックとペンを持っていて、息をするように絵を描きます。「絵を描くのをやめてしまったら死ぬんじゃないか」というぐらい、四六時中ドローイングしていました。「そういう人間しか作家にはなれないんだ」ということを悟ったときは、“自分は何者にもなれない”という絶望感がありました

その絶望感の中、たまたま大学のアルバイト募集の掲示板に、漫画家のアシスタントの仕事が紹介されていて、それで行った先が、竹中らんこ先生のところでした。4コマ漫画のノウハウを教わり、おかげですんなりデビューできました。

授業中もこっそり描いていたりしているうちに、どんどん仕事が増えていきました。当時はお金もあまり持っていませんでしたので、“生きる術”という感じでもありましたね。でも、卒業するころには、読者から手紙ももらうようになり、4コマ漫画の仕事自体も面白いと思えるようになってました。

4コマ漫画の読者というのは目立たないけれど確実にいるのです。4コマだと忙しくてもパッと読めますし、「続きが気になる」ということもないので、読み始めても全然負担にならないのです。会社勤めのサラリーマンや、主婦の方など、忙しい毎日を送っている方たちから、「コンビニ弁当を食べながら読んでいます」というような手紙をもらったりすると、泣けちゃいますよね(笑)。

漫画家の大先輩からは、「読者のアンケートを気にしなくなったら、漫画家としては落ちていくばかり。連載をもったら、アンケートを気にしなさい」と教わりました。それで編集者さんに頼んで、読者アンケートはがきは全部コピーして貰うようにしていたので、自分のことを褒めてくれている人の声も確実にあるというのは、当時から実感していました。

漫画家を含む、エンターテイメント系のクリエイティブな仕事は全部、受け取り手がいてこそのものです。だから、描く以上は読者のことを意識しなくてはいけないと思っています。

――ストーリー4コマの手法を始めたのは。

小池田マヤ氏: 芳文社の企画で、「ストーリー4コマ専門誌を作るので、あなたもやってみないか」と言われたのです。やっぱり4コマでも、ストーリーは欲しいわけです。オチを作るための前振りに“起承転”があって、“結”を見せるということの繰り返しをやっているうちに、“結”の後にも余韻がいるとか、前段階が長い方がいいとか、与えられた8枚の中で上手く展開したらいいのでは、というように、ストーリー漫画の流れを応用できるようになりました。

その頃の、“オチは付けなくても、毎回短いスパンで完成させる”という体験を新人の頃にさせてもらったことの恩恵はすごく大きいですね。与えられたページは少なくても、作品として作り上げることができるということ。それを重ねてきて、今があります。4コマ漫画のお陰で、ものを作って人に読んでもらうという段階に、自分をもっていくことができました。

作家を動かす、編集者の情熱

小池田マヤ氏: 編集者(や出版社)に想う理想は、作家性も保ちつつ「こういう読後感をもたせるものを作ってください」とか、「サブジャンルとしてこういうものを入れ込んでみてはどうか」など、さらにはページ数の指定など、作家に対して細かい指示ができること。また、編集者がとても面白いと感じた作品があった時、「こういうのを描いてほしい」と、情熱を持って言ってくれれば、私もそれに乗って描くことができるわけです。

“描こう”というモチベーションまで持っていって、実際に作家に描かせるためには、出版社と編集者という存在は絶対に必要です。出版は、ひとりでは無理ですよね。だから、機械的な仕事のみをこなしている編集者は、今後は淘汰されていくのではないかと私は思っています。自分が受け持っている漫画に限らず、他の作家の漫画や、小説、映画などを観て、“とても楽しかった”といって感動できるような感覚や、秋には秋の感覚、夏には夏の感覚を持って、それを人に説明できるような熱い編集者というのが、本当の意味での“良い編集者”なのではないでしょうか。

世代的にも先輩にあたるような漫画家の方が、若い子と同じレベルの情熱を持って描いているのを見ると、「編集者次第だな」と特に感じます。コンテンツを作り出すのは、もう作家だけではないですね。

年をとると、「今時の若い子に通じるのだろうか」というように、自信がなくなっていくじゃないですか。描いたものに対して「面白いよ」と言ってもらわなければ、描き続ける熱意はなくなっていきます。そこを支えてくれたり、発案してくれたりする編集者がいると、安心して力を注いでいくことができます。

私の場合は、『女と猫は呼ばない時にやってくる』のように、先にタイトルを編集者さんが考えてくれることもよくあります。そこから内容を決めます。『あさひごはん』も編集者さんと二人で考えたタイトルと内容です。

本を読むのが辛くなり、それでも本に救われた

――読み手としてはいかがでしょう。

小池田マヤ氏: 積読していた、吾妻ひでお先生の『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス)を読んでいます。身近にアルコール中毒症に苦しむ人がいたのですが、当時、私はアルコール中毒症という病気をあまりよく知りませんでした。この漫画には、当時の彼がどういう戦いをしていたのかというのが明るく描かれています。私もお酒が好きなので、「明日は我が身だ」と思いつつ、当時、何の助けにもなれなかった自分を反省しながら読んでいます。

「無知って、怖い」ものですね。「アルコール中毒症というのは、こういう病気ですよ」というのがこれを読めばわかります。しかもそれを、面白おかしく描いてくれているというのに救われます。素晴らしいですね。 丁度、2、3年前は、仕事が上手くいかず、活躍している皆様方の作品を見るのが辛くて、長い間、本屋に行けない時期もありました。

そうこうしているうちに、電子書籍の波がきました。電子書籍なら、気に入らなければ捨てればいいし、これは辛いと思ったら簡単に削除できるので、買って読むようになってきたんです。だから今は、本屋さんで買うよりも、電子書籍のジャケ買いが多いかもしれません。

今読んでみたいと思っているのは、パスカル・メルシエの『リスボンへの夜行列車』(早川書房)という本です。これは映画になっていて、予告編を見ただけで、とても感動しました。ポルトガル革命の中、激動の人生を送った男の著作を偶然手にした主人公の物語です。その作家の生家へ行くために、リスボン行きの夜行列車に飛び乗り、そこから、作家の男の生き様をなぞる旅が始まるのです。その設定に惹かれて、原作を読もうと思いました。革命のような大きな時代の流れに翻弄され、自分の存在の小ささを感じるという設定に、とても萌えます(笑)。

救われた漫画の世界で生きていく

小池田マヤ氏: 日々の生活は、なんとなくどうやって過ごすか決まっていて、「どうしようもないこと」もあるかと思います。そんな日々の中で、一瞬でもいいから、“救われる”というものを提供していきたいです。私が漫画を描き続けられているのは、「こういうセンテンスやフレーズ、こういう物語のワンシーンを知ったりするだけで、救われる人がいるだろう」という思いがあるからなのです。「漫画に救われたという私自身の体験を、何かしらの形で自分の作品にしたい」という希望がずっとあって、それが形となったのは『聖★高校生』という漫画です。

――今後は、どういった漫画を描いていきたいですか。

小池田マヤ氏: 原点でもありますが、自分で楽しいもの。描いていても楽しいし、読んでいても楽しい。私は「面白くなくてもいいもの」を作りたいと思っています。これは、ハードルを下げているわけではなく、「面白さ以外のものを添加する」ということです。例えば、料理のレシピだったり、恋愛のエッチなシーンなど。「漫画としては面白くないけど、別の部分で満足度はあるよね」というものがあると思います。

漫画の要素は物語だけでもないし、絵だけでもない。総合芸術としては、全員が全員、5割打者になることはないかもしれませんが、確実に2割を打っていくには、色々な要素、シーンなどの足し算引き算の部分が大きいと思うので、そこは気をつけて作っていきたいですね。