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篠崎英明さん(江戸切子、篠崎硝子)「もっと良いものを、が次へのバイタリティ」インタビュー

もっと良いものを、が次へのバイタリティ

江戸切子の伝統工芸士、篠崎英明さん。父から受け継いだ篠崎硝子工芸所では、伝統の切子技術に新しい発想を込め、最高水準の技術で作品を作り上げています。「変わらない伝統、変化する魅力」。江戸切子の魅力とともに、作品づくりにかける篠崎さんの想いを伺ってきました。

父が起こし子に受け継ぐ 篠崎硝子工芸所のものづくり

篠崎英明氏: 
篠崎硝子工芸所の基礎を築いたのは父で、設立されたのが1957年。父は15歳でこの世界に入り、83歳になります。今は、せがれを含めて6人でやっています。うちはもともと、ある会社の下請けでした。そのころ、ある百貨店から「一週間の約束で出店してくれないか」というお話を頂いたことで、多くの人々の目に触れそこから色々なチャレンジができるようになり今に至ります。

商品は直販しておらず、主に百貨店で販売しています。九州や北海道の方々からもお問い合わせを頂いており、海外からも年に3回ほどお話をいただきますが、手作りなので数も限られますが、品質が一番なので妥協はしません。

「誰が作ったか、わからないものを作るな」という父の考え、会社のコンセプトが30年前からありました。「大量生産のものにはない価値を認めてもらって、買っていただけるように」と考えながら作っています。

江戸切子職人の覚悟をつくった周りの支え

――篠崎さんがこの世界に入られたのは。

篠崎英明氏: 
24歳の時、大学を卒業してすぐでした。職人気質の頑固な父のところを継ぐことに、実はあまり乗り気ではありませんでした。ただ、ハイクオリティなものを作っていたので、「他とは違うな」というのは感じていました。

父からは「高校を卒業してすぐに家に入れ」と言われていたのですが、私は逃げ出そうと思っていたくらいです。亡くなった祖母が「大学を卒業したら、家に入る」という条件で親父を説得してくれて、大学へ進み教員免許も取りました。他の職業に就くことも考えていましたが、結婚して子どもも生まれて「この世界で生きていこう」と決意しました。

27、8歳までは、加工ではなく下仕事をしていました。30歳を過ぎたころ、先輩から「親父さんがいなくなればお前の家は、だめになるぞ」と言われ、確かに反論はできませんでした。父が作らなくなれば終わってしまう。それで、40歳前に工芸士の認定を受けることを目標として、まい進し、37歳の時に東京都より、43歳の時に国から拝命しました。

それから十数年、数々の困難にも見舞われましたが、ひとえにうちの商品を良いと思って買ってくださった皆様のお陰で、江戸切子職人としての覚悟が生まれたのだと思います。

また、技術は受け継いだものの、親父の真似で終わることは決してしませんでした。意地も多少あって「違うものを作りたい」という想いがあったからこそ、自分の表現をしたいと思えるようになったのかもしれません。

喜びと苦しみのはざまで

――こちらにあるグラスの五色の輝きに魅せられます

篠崎英明氏: 
うちにあるグラス類は、基本的に、金赤(金で発色したもの)、青、紫、緑、若草の五色で、細かさがうちの特徴です。クリスタルで表現できる可能性は大きく、重みもあって、輝きも素晴らしいものになります。うちでは、100%自社加工していますが、太い線の中に細かいカットが入っている、スタンダードな江戸切子はあまり作っていません。

切子というとグラスを最初に思い浮かべられることが多いと思いますが、一品ものや花器、それから食器など、お客さんに飽きられない品揃えを心がけています。「今年の新作はどれですか」とおっしゃるお客様も多くいますし「今年は良いわね」とか「これイマイチね。また来るわ」といったやりとりの中で、作っていきます。

――お客さんの声が、励みになる。

篠崎英明氏: 
お客さんと直接お話をして、喜んだ顔をして買ってもらえた時は嬉しいですね。個展はそうしたお客様に直接触れ合う機会があり、大変ありがたいことだと思っています。また今は、硝子製品の垣根を越えて、色々な作品に興味を持って見ていますが、他の作品を見て作品づくりに活かせる何かを発見できたとき、喜びを感じます。

大変なことは上げればきりがないですが、ひとつはデザインでしょうか。発想から始まり、1年ほどかけてじっくり作るものもあります。アイデアがなかなか出てこないタイプなので、楽しさ半分苦しさ半分です。喜びと悲しみや苦しみは、同じ比重だと思っています。10楽しいことがあれば10大変なことがある。大変なことがあるからこそ、良いものが作れるのだと思います。

「もっと良いものを」尽きない欲求

篠崎英明氏: 
江戸切子は、作り手によってデザイン、表現が様々です。昔からの代表的な紋様をどう組み合わせていくかというのが江戸切子だったのですが、最近の若い作り手の中には、全く違った表現をする方もいますので、多様性も魅力のひとつかもしれません。

江戸時代からの伝統工芸であっても、使う時代は今のこの世の中です。作り手も変化し、色々なところで学び、それぞれがオリジナリティを作り、魅力になっているのだと思います。伝統工芸品は変えてはいけないもの、変えなくてはいけないものがあると思っていますし、そうした違いもお客様には楽しんでもらいたいと思います。

毎日でもいいし、お誕生日やイベントの時など、ご家庭でも少しおしゃれをして食べるような時に、使っていただきたいですね。使い方はお客さんの自由ですから、グラスに、野菜スティックを立ててもいいと思います。作り手も使い手も楽しめる。そんな作品づくりを続けて参りたいと思います。

伝統工芸士としての終わりはありません。私が「もうこれでいいや」と思える時は、おそらく訪れることはないでしょう。「この次は、もう少し良いものを」と思うのが職人です。私の頭の中には欲があって、だからこそバイタリティもあるし、次へ次へと進もうとする気力も湧いてくるのです。