出会いが人を形作るなら、本との邂逅もまた人生の大きな節目となる…。読書遍歴を辿りながら、ここでしか聞けない話も飛び出す(かもしれない)インタビューシリーズ「ほんとのはなし」。今回は無限大の好奇心で、音楽、自然科学、アート、果ては精神世界……と学問領域を「境越」する数学者、今野紀雄さんの登場です。
(インタビュー・文 沖中幸太郎)
新刊情報
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分類不能、アヤシイ本棚とメモ日記の秘密
――(今野先生の本棚を案内されて)音楽、哲学、精神世界まで……あらゆるジャンルの本が並んでいます。
今野紀雄氏: ここには音楽、哲学、自然科学、テクノロジー、精神世界と様々な分野な本があります。ぼくは数学者なのですが、専門領域を飛び越えてサイエンスやアート、あらゆることに興味があります。最初にこちらの本棚をご案内したのは、これがぼくの考え方、頭の中そのものでもあることを見ていただきたかったからなんです。
ぼくが、確率の時系列解析を研究する時に、時間と空間に興味が移ったとします。その時「時間と空間の認識は、時間軸と空間軸を定めて同列に扱われているが、実はもっとドロドロした関係なのではないか」といった妄想が、頭を巡るわけです。
先祖は伊達藩の絵師だった!? 体に流れる観察と好奇心のDNA
今野紀雄氏: ぼくの生まれは、東京は江戸川区にある平井という下町でした。父の仕事の関係ですぐ小田原に引っ越したので、東京育ちではありません。今野家は代々、伊達藩に仕える絵師の家系だったそうで、確かに、親戚には絵描きが多いらしく、ぼく自身も小さいころから絵を描くのが大好きでした。
小学校入学前は、『少年チャンピオン』のような漫画雑誌を一冊丸ごと真似したマンガ本を、近所の女の子たちに見せて回っていました。するとみんな喜んでくれて……ひとり人気連載漫画家を気取っていました(笑)。将来は漫画家になりたいと思っていました。 しゃべるのが大好きで、授業中も落ち着きがなくバケツを持って廊下に立たされるような子どもでした。廊下に立たされても、まだひとりでしゃべっている……先生に注意されれば、しめたもので、さらに漫才のように返す。おしゃべり好きなのはこの頃からですね。
演劇、数学、天文学、ディスコ……頭の中はカオス状態
今野紀雄氏: 一番興味のあった数学を志して入った東大でしたが、やはり都会の誘惑は魅力的で、せっかく東京に来たのだからと、情報誌の『ぴあ』や『シティロード』を広げては、面白そうな「アングラ劇」を見に行っていました。清水邦夫さん作の『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』が上演されていて、そこで演劇のたたみかけるような言葉のシャワーが、頭に、脳に、心地よく入ってきて……それからは、多い日は1日に三つくらいはしごして、朝・昼・晩と演劇に通うようになりました。
寺山修司さんの「天井桟敷」、唐十郎さんの「状況劇場」は何度も見ていました。 教養時代は、数学の道へ進むのか天文に進むのか、はっきりと決めていませんでした。自然科学研究会に所属していて、天文学科に進むことも考えました。けれど、天文学は天文に特化するけれど、全ての学問の基礎となる数学なら、それを軸にさまざまな領域に飛び込んでいけると考え、数学科に進むことにしました。
――数学者今野先生の誕生….
今野紀雄氏: ……とはならず、ちょうど数学科に進路を落ち着かせてひと安心していたところに、やってきたのがディスコブーム。ふたたび大学からは遠ざかり、ほとんどディスコばかり。ぼくのキャンパスは駒場から離れ、新宿・六本木・渋谷とそちらがメインキャンパスになってしまいました。
一番最初に新宿歌舞伎町のディスコで聴いた曲は今でもその情景とともに鮮明に覚えています。Arabesque(アラベスク)の『Hello Mr.Monkey』。さらにそこでお酒まで覚えてしまい……ぼくの学生時代は、演劇、数学、天文学、ディスコ(ミラーボウル)と、頭の中は本当にカオス状態でしたね。
やりたいことはこれだ!
――歌舞伎町のディスコを経て(笑)、ようやく……。
今野紀雄氏: 室蘭工大にいる間に、在外研究員という制度で1年間アメリカのコーネル大学で研究員を務めたのですが、そこでぼくの道を示してくれる大きな出会いもありました。そのうちのひとり、デュレット先生は、数学者としては珍しく、コンピューターシミュレーションを積極的に用いていて、伝染病の感染状況などを動画として可視化していました。
彼の本には数式だけではなく、シミュレーションの図も沢山あったのですが、ぼくはそこに芸術性も感じました。「まさに自分がやりたいことはこれなんだ!」ようやく道が見えてきました。30代も半ばのころです。
その時期に、World Scientific社から無限粒子系に関する英語の本の執筆依頼がありました。この時書いた本がぼくの最初の本で、これをもとに学位論文を書き学位を取得しました。 帰国後、はじめて一般向け書籍となる『確率モデルって何だろう―複雑系科学への挑戦』を書きました。
「悩んでも良い、寄り道したって良い」 好奇心が触れたところに突き進もう
今野紀雄氏: ぼくはここ、横浜国立大学の理工学部では、数理科学EP(教育プログラム)を担当しています。といっても、何をやるのかあまりイメージは涌きませんよね。普通に受験する高校生には、さらにわからないと思います。
ぼくの研究室には毎年数名の学生が来ますが、それぞれ数学に対する想いは様々です。なかには、入学してみて想像と違ったと感じる学生もいるでしょう。けれど、何かひとつでも彼らに「この研究室で学ぶことができて良かった」という達成感を持って卒業してもらいたいと願っています。
――今野先生は、今どこに向かって進まれているのでしょう。
今野紀雄氏: ぼくの興味は宇宙です。それは自己を通じた内なる宇宙です。この広大な宇宙の中で、ゼロに等しいはずの人類が、宇宙に関する理論をつくれることが非常に不思議でなりません。でも逆にいうと、そういう見方の宇宙しか見ることができないのかもしれません。本当にそういう宇宙だけなのかもしれないし、本当はもっと想像もできないようなすごい宇宙があるのかもしれない。
ぼくが今までやってきたことは、何か手当たり次第に宇宙全体を捉えたいと思って試行錯誤してきたことのひとつのような気がしています。それを支えているのが、枠を意識しない無限大の好奇心。今まで歩んできた道のりも、もしかすると宇宙と一体化するための歩みだったのかもしれません。これからも、とにかく見るものなんでもすべてを吸収していこうと思っています。