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上川宗達さん(東京銀器伝統工芸士)「先人に近づき自分の色で挑戦する」インタビュー

江戸末期から受け継がれてきた伝統技に、新たなセンスを融合させた作品を製作する東京銀器伝統工芸士、銀師(しろがねし)の上川宗達さん。鍛金技法、彫金技術を駆使し模様に金を入れることで、華やかな桜を表現した、銀製 打込象嵌花器「夜桜」は、第7回全日本金銀創作展で受賞するなど、内外から高い評価を得ています。“音”や“感覚”で作り上げられる銀器の世界。その魅力と想いを伺ってきました。

こんな話をしています……

・跡を継ぐように言われたことはなかったが、働く父の背中を見て(この仕事に対して)自然に憧れを抱くように

銀器には持ち主の生きた証が刻まれる

先人に近づきながら、自分の色を出して挑戦する。それを次世代へと伝える、その繰り返しが伝統

上川宗達(かみかわ・そうたつ)氏プロフィール ※インタビュー当時

祖父、父ともに銀師(しろがねし)の家に生まれる。父である宗照氏の高度な技を間近に見て育ち、小学生のころにはすでに、銀師になることを意識し始めていた。その想いは成長とともに強くなり、高校卒業を機に「父のような銀師になりたい」と宗照氏に弟子入りを志願。銀師の一歩を踏み出した。2011年に伝統工芸士の認定を受け、さらなる高みを目指し修練の日々を送っている。1980年、東京浅草生まれ。

(有)日伸貴金属ウェブサイト⇒https://www.nisshin-kikinzoku.com/

伝統の音を日常に重ねる

――日伸貴金属のあるここ台東区三筋には、多くの工房がありますね。

上川宗達氏:御徒町から蔵前にかけて、徒蔵(カチクラ)と言われていて、職人たちは物流の中心である日本橋に納めに行く前に、ここ三筋の道を通っていました。それでこの地域には色々な工房があるのです。

ここで、父であり師匠の上川宗照と三男一女の江戸っ子一家が同じ工房(日伸貴金属)で仕事をしています。江戸から東京に脈々と受け継がれてきた技巧を基に、新しいセンスを融合させた次世代の伝統工芸を目指し、日々の研鑽に努めています。

伝統工芸一家で育った私は、幼い頃からこの世界に進むと決めていました。跡を継ぐように言われたことは一度もありませんでしたが、働く父の背中を見て自然に憧れを抱くようになっていましたね。

私は四人兄姉の末っ子でしたが、母は常に父の素晴らしさを説いてくれていました。そうした母の言葉にも大きな影響を受けたと思います。家の一階が仕事場で、二階部分に家族が住んでいましたが、父が銀を叩いたり削ったりする音が日常でした。その日常の延長で始まった感じです。

この世界に入ったばかりの頃は、銀をたたくよりも、まず道具づくりからでした。それぞれの作品に応じて、道具を作っていきます。しばらく道具づくりを覚えながら、徐々にまわりをまねながら作品づくりを始めました。

最初に取り組んだのは自分が身につけるアクセサリー。それを見た友人から製作を依頼され、徐々に人に感謝される“ものづくり”の喜びを覚えていきました。

伝統工芸一家の挑戦

上川宗達氏:東京銀器は昔、分業制でした。まず板を作る人がいて。形を作る「へらしぼり屋さん」に、轆轤(ろくろ)を使い、削ったり板を抜いたりする「ひきもの屋さん」。それから「みがき屋さん」と、溶接したりする「まとめ屋さん」など、たくさんの職人さんがいました。

ある時、父から「自分のところで、全部できるようにしよう。時間をかければ何とかなる。職人さんのところへ行って、見て覚えてこい。わからなかったら、何度でも見てこい」と言われました。人数減少に伴う納期の遅れの発生。その結果、仕事がなくなる、ということを見越しての決断だったと思います。

真ん中の兄は、へらしぼり屋さんのところへ行っていましたし、私も削る刃物を作る工程や、木型作りを見て学びました。組合内の青年部も、今は10人くらいしかいませんし、その中でも私は一番若手。あと10年経つと、無くなってしまう技術もあるかもしれません。そういった技術をいかに吸収し、継承していくか。

ある伝統芸能の先生が「僕は一瞬の中で演技する。でも上川さんのところはそれがずっと続くものだ」とおっしゃっていました。常に挑戦し続けながら、後の世にも恥ずかしくないものを作らなくてはいけない、そう思います。

持ち主の“生きた証し”が刻まれる

――銀器の持つ魅力とは。

上川宗達氏:ある時「お世話になった人の還暦祝いに、ビールコップをプレゼントしたい」とお客様から依頼を受けました。なぜ銀器なのか伺ったところ「黒くなるから。その時に、私たちのことを思い出してほしい」と。

“いぶし銀”という言葉があるように銀は使っているうちに味わいが出てきます。もちろん磨いて元の輝きを取り戻すことも出来ますが、あえて使われた歴史をそのままにしておくことで “生きた証し”が刻まれます。銀器と一緒に歩んでいく。それが魅力のひとつだと思います。

また実際に使ってみて、その味や香りの違いを楽しめるのも魅力です。

味香り戦略研究所では、「ワインやシャンパンなどは、銀のイオンによって成分が反応して味が変わる」という結果が出ています。また銀は金属の中で、いちばん熱伝導率が高いといわれています。ガラスを1とすると、銅が約380倍ぐらい、銀の場合は約420倍も冷媒効果があるのです。

また部分的に薄くすることによって、口当たりや飲みやすさにも変化を加えたりと、銀器ならではの特徴をいかした楽しみ方ができるんですよ。

手間を惜しまず使い手に尽くす

上川宗達氏:何かの企画展に出品するような“作品”の場合は、ある程度時間をかけられますが、本業であるものづくりは、限られた時間の中でお客様に届けることが出来て初めて成立します。技術を高めながら「期限の中で、手間を惜しまず使い手に尽くす」ことを第一に取り組んでいます。

それから、作品には精神状態が如実に表れてきますので、平静を保つように心がけています。興奮していれば、強く叩きすぎてしまうし、落ち込んでいれば、弱くなってしまう。厚みを均等にするために、一周、同じようにたたかないといけません。

最初の数回で、「こういう風にたたく」というイメージを決めて、無心でたたきます。 長く使ってほしいので、“壊れにくさ”や“直しやすさ”も大切です。全国から修理依頼がきますが、へこんだところは厚みを残すなどして、品物の機能を損なわないように注意を払っています。

東日本大震災の時は、仏壇の花入れなどの修理依頼がありました。底が狭いものは倒れやすいので、仏壇の中の限られたスペースを活用して、倒れにくくしてお返しするなどして工夫を続けています。

先人に近づき自分の色で挑戦する

上川宗達氏:私たち伝統工芸に携わる職人にとって、昔に作られた作品こそが教科書です。けれども、その見方は自分の成長・変化に伴い変わっていきます。「同じだ」と思ってしまうと、それ以上のものは作ることができません。

「どこが違うのか」を見ながら、工夫を重ねていかなければなりません。そうして先人に「近づいていく」。その上で、自分の色を出しながら良い作品を作っていく。そしてそれを次世代へと伝える、その繰り返しだと思います。

その繰り返しの中で、新たに出来ることを考え挑戦したいですね。今は、陶器や漆器を見ても、「銀で作ったら、どういう風になるのか」などと考えるようになりました。伝統を継承しながらも、さらに可能性を広げて、銀器の魅力を多くの人に感じてほしい。そして、その素晴らしさを国内だけではなく、世界の人にも感じてもらいたいと思っています。