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数岡孝幸さん(研究者)「日本酒の伝統に革新をもたらす次世代の研究者」インタビュー

「選んだ道をよい道に」日本酒の研究者、教育者として

数岡氏:「どうせなら選んだ道を、存分に楽しみたい」。これは研究だけでなく、すべてのことに言えると思うのですが、「好き」なことを仕事にやっていたとしても、趣味ではないのでやはり大変さはつきものです。けれど、やらされて仕方なくやるのか、楽しんでやるのかによって、その成果も、自分自身も大きく変わってくると思うんです。

――「選んだ道をよい道に」。

数岡氏:今私がここにいるのは、さまざまな偶然の重なりの産物です。そうした偶然をたぐり寄せてくれたのは、たくさんの先生方との出会いでした。私には研究者としてだけではなく、東京農大の酒類学研究室に所属する教員、教育者としての役割もあります。

研究室ごとに求められる学生像はさまざまだと思いますが、この研究室では学生の自主性を重んじています。学生自らが考え、動いていく。そのための環境づくり、ルールづくりというものが私の役割であると思っているのですが、こうした考えの根底にある基礎は、私が出会い指導いただいた先生たちの影響があります。おかげさまで現在は、やるべき事をちゃんとやりつつ、でも笑いの絶えない学生たちが集まる研究室となっています。

幸い、この研究室に集まってくる学生は皆、進路選択時にお酒に興味があり希望して入ってきた者ばかりです。せっかくお酒に対して興味を抱いて、ここに集まった以上、嫌いにならないで欲しい。こと孤独になりがちな研究において、続けることは業績を残すうえで大切なことですが、その後押しとなる「好き」という気持ちを壊したくないんです。

この研究室から将来、多くの若者が巣立って、酒業界に飛び立ちます。教員としてしっかりと環境を作って、学生にちゃんと説明する。それが、教育と業界の最前線にいる私の、もう一つの大きな役割だと思っています。


「日本酒にバラエティ(多様性)を」新たな10年に向けた挑戦

――たくさんの偶然と出会いを経て、日本酒の世界に辿り着きました

数岡氏:私がこの農大で教育・研究に携わってからの約10年とちょっとの間にも、日本酒の業界も大きく変わってきました。その中でも、憂慮しているのがやはり「蔵付き酵母」の減少問題です。全国にあるさまざまな酒蔵が、時代の流れによって、失われていく現実を、何度も目の当たりにしました。

「蔵付き酵母」というのは、それぞれ個性があり、風味の幅を広げるものです。蔵がなくなれば、必然的に一緒に育った唯一そこにある酵母も失ってしまうことになります。酵母の種類が少なくなれば、それだけ個性ある日本酒を味わう楽しみも減ってしまうんです。先人たちが作り上げてきた多種多様な日本酒文化。画一的な「おいしい」を生み出す酵母だけでは、味わえない奥深い世界がこの世から消えてしまう……。

中田先生の研究である、「花」から分離される酵母の研究も、そうした失われていく日本酒文化の中で、多様性を新たなアプローチで模索するものです。自然界から分離した酵母、特に花から分離した酵母は、それぞれの酒類の風味のバライティー(多様性)さ、世界を広げることができるものなんです。

――日本酒文化の伝統を受け継ぎ、革新をもたらす。

数岡氏:研究者の世界では「10年1研究」という、ある種の区切りのようなものがあります。自分は、この10 年間、花からの酵母分離という、中田先生から受け継いだ研究の火を絶やさずにおこなってきました。そしてここに来て10年。新たな研究を始めようとしています。詳細はまだ明らかにできませんが、研究成果を論文という形で発表できるよう、日々コツコツと頑張っていきたいと思います。また、その研究がさらなる日本酒の多様性、文化の活性化に繋がる研究になれば、研究者冥利に尽きます。

偶然の連続で選んだこの道。出会いというご縁で繋がった日本酒の世界。「選んだ道をよい道に」。これからも研究者として、日本酒文化の伝統と業界の発展に寄与する研究に取り組み、また教育者としても、酒類業界はもちろんさまざまな業界において自分で考えて動け、そして楽しみつつ活躍できる学生を育てていきたいと思います。

私は未だに引っ込み思案なところがありますが、日本酒のために集まる方ならどんどん交流したいと思っています。幸い、お酒はコミュニケーションの潤滑油でもあります。どこかの飲み屋さんでお酒に真剣な眼差しを注いでいる私を見かけた時は、どうぞ声をかけてください(笑)。

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